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「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その11

前回ラストで、アーティストを育成する事をしないメジャーなレコード会社やライヴハウスもどき(営利第一主義の貸しホール)の事を断罪イタシマシタが、実は戦犯はもっと身近にも居るのデス。

それは、私達のこころに潜む甘えや怠け心とでも言うのでしょうか?

・・・と、その前に、何らかの才能(ルックス等の生まれ持った資質等)や自助努力によって習得した技術なりが認められてメジャー・デビュー出来たアーティストってのは、当初こそ給料も少なくて大変だろうけど、アマチュアの頃に比べて音楽に費やせる環境や時間が増える訳で、そうなると更に演奏技術を上達させる事も可能になる訳なので、その点は評価に値するのデス。(ただし、いきなり人気が出過ぎると、逆に忙しくて作曲する時間がなくなり、作品の質が著しく落ちる事もあるが・・・。)
 
ただし、とにかく人気集めが最優先・・・と言うか、まずは売れない事には音楽を仕事にして生活する事が出来ないって事で、内容はそっちのけで上辺のカッコ良さだとかミーハー向けにレベルを下げた解り易い音楽をしようとする人間が出てくる事が問題なんでね。
 
何せ、メジャー・レコード会社ってのは基本的に利益を上げなければ存在意義がない訳で、最近はそれでもリスナーの嗜好も細分化されて来て小さなマーケットを狙い撃ちにした商材も増えてきてはいるんだろうけど、やっぱどうしても一般大衆向けの売れ線狙い・・・とまでは言わないけれど、ありきたりな題材をモチーフにして安全かつ無難に最大公約数のリスナーをターゲットにした作品を発表せざるを得なくなる訳で、それが私達、いわゆる主にライヴハウスに出演している様なアンダー・グラウンドなミュージシャンを好きな人にとってはどうしても物足りなく感じちゃうんだよね。
 
それをまあ解り易く例えて言えば、メジャーは猫の絵を描く人で、アングラは蛇の絵を描く人・・・みたいな?
 
よって、そもそも猫の絵の方が多くの人に好まれ易い上に、しかも技術も水準以上となれば、そりゃそっちの方が売れマスよ。それに比べ、蛇の絵ってのは元々好む人が少ない訳だから、仮にいくら技術があったとしても少数の人にしか好まれない訳で・・・。
 
でも、だからと言って技術がなくて下手でも良いんだって事ではないと思うのよ。確かに、メジャー・シーンでは猫の絵ばっか売ってるから、蛇の絵を買いたい人はアングラ・シーンに足を運ぶしかない訳だけど、ミュージシャン自身がそれを良い事に、希少価値にあぐらをかいて演奏技術を高める努力を放棄するってのは違うのではないかと。
 
まあ、マニアックと言えば聞こえは良いけど、それって「俺達みたいなのが売れる訳ないんだから、上手くなったって意味ないんだ。」と開き直ってるだけっちゅうか、もっとハッキリ言えば、それって単に“モラトリアム”なだけではないかと思う訳。

どんな題材であろうとも、やはりその路線の最高峰であれば、それはきっと涙が出る程に素晴らしく、観る者に感動を与える作品なんだろうって思うし。

だからこそ私は、本当にバンドを支援する気があるのなら、(もちろんそれだけの覚悟と資金が必要だけど、)バンドに自由に練習出来る場所を与える事によって経済的な足枷を取り外してやり、その成長のペースをもっと速めてやる必要があると主張した訳なんだけど、いざそうやって努力や向上心をダイレクトに生かせる事が可能な環境になると、正体がばれるから困るって人も出てくる訳なのデス。
 
それがどう言う事か?って言えば、現状すなわち時間とお金の制約がある中で、皆がいつまでもどんぐりの背比べを続けてくれれば良いけど、もしもそれが解禁されて実力の勝負になり、一部のバンドの演奏なり技術が目に見えて向上したら、そんなぬるま湯の中でだけで偉そうにアングラの帝王面してた人間の価値は暴落するからね。
 
もしも、私の考え・・・すなわち良い演奏をするバンドがどんどん増えて、健全かつ真っ当な競争が当たり前に行われる様になれば、絶対にシーン全体が活性化し発展するはずだ。・・・と言う意見に反対する人が居るとすれば、それは上記の様な人だと思うよ。
 
だっておかしいでしょ?良いバンド、良い演奏、良い音楽が少しでも増えるなら、それだけでもオッケーじゃない?
 
要するに蓋を開けてみれば、現状に不満を持って悔しい思いをしてる人ってのは実は極一部で、今現在の状況が続いてくれた方が自分を強く偉くカッコ良く見せる事が出来ると言う、言わばこんな最悪の環境にあってなお、ちっぽけな既得権益にしがみついてる臆病な人種が居るって事。
 
結局、アマチュア・ミュージシャンは時間的経済的な制約があるから演奏技術がメジャーのアーティストやプロのミュージシャンに比べて多少劣っても仕方ない(←もちろん、私もその気持ちが解るからこそ色々な提言をしている訳デスが・・・)と言う事を免罪符にして、もし仮に自由な時間を与えられた所で、実は何も出来ない・・・すなわち努力もしないどころか、そもそも何をどうしたいのかすら考えつかない人達にとっては、現状の様に皆が苦しみながら何とか少しでも状況を良くしようともがきながら時間とお金を浪費しつつ一生を終えてくれた方が都合が良い訳デス。
 
しかるに私が望んでいるのは、何も音楽の世界に限らず、持って生まれた資質なり資産の度合い、権力者や権威に媚びる能力、あるいは上辺だけの軽薄な人気や流行の商品だけではなく、もっとそれぞれの人間ひとりひとりの努力が様々な形で・・・それも正しい努力が実り報われ認められる様な世の中になって欲しいと言う事なのでありマスからして・・・。
 
百歩譲って社会生活をまともに営めない駄目人間や人間の屑でも全然構いマセン(←私がその被害を被る立場に居なければの話デスけどね・・・)。だけど音楽、こと自分の好きな音楽に限っては誰よりも情熱を注ぎ込めるだとか、向上心を忘れず一生懸命取り組める様な人間にこそ、私は音楽をやって欲しいし、そう言う人の作品こそ、その価値を認められるべきだと言うのが私の偽らざる本音なのデス。
 
私が主張している事って、そんなにおかしな話じゃないでしょ?
 
どんな分野においても、怠け者は淘汰されるべきであり、そのためにこそ、良い音楽をクリエイトするために努力を惜しまぬ人間に対し、ライヴハウスやレコード会社、そして一般人でも資金のある人は投資・・・否、(経済は文化に)奉仕すべき・・・なのではないかと。
 
私の文章はいつも、虐げられてる少数派の人達やインディペンデント(自主独立)精神のある人達、そしてパンク・スピリット(改革精神及び開拓精神)のある人達に捧げられておりマス。
 
ゆえに、もし少しでも共鳴して頂けたなら、それは、貴方にも間違いなく“それ”があると言う事デス。
 
インディペンデント・シーンに居るからだとか、いつもパンク・ロックを聴いてるからと言って、必ずしもそうだとは限らないのでありマス。
 
(つづく)

その12
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