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「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その14

(今回はここまでの話を総括する内容となっておりマス。)
 
ここで一旦、今までの話を整理イタシマスと・・・。
 
もって生まれた才能なり後天的な努力もしくは運に恵まれてメジャー・デビューを果せた、あるいはそうでなくとも経済的な成功を得る事が出来たアーティストやミュージシャンは、音楽を本業にする事が出来たがゆえに、作品や演奏を質的に向上させる事を可能とする時間と機会・・・すなわち経済的な余裕なり猶予を得る事が出来る訳でありマスが・・・。
 
その反対に、もちろんその本人の資質なり努力の度合いと言うものが関係はするものの、取り扱う題材自体が元々少数派向けである表現活動を行っているアーティストなりミュージシャンと言うものはどうしても人気や動員数が伴わないため、音楽活動のみを仕事とする事は難しく、それゆえにその本人のみならずそのジャンル全体の質的向上を図る時間や機会・・・すなわち経済的余裕なり猶予を得る事が出来にくい訳でありマス。
 
そしてその結果、大多数の支持を得る事の出来る音楽はますます栄えるが、少数派向けの音楽はいつまで経ってもその魅力なり能力を開花させる事が困難となるのだ。
 
・・・とは言え確かに、大多数の支持を得ると言う事は、大多数の人間に喜びを与える事が出来ている訳であるからして、それ自体に魅力があると言う事も否定し得ない事実。
 
しかしながら、少数派向けだからと言って、イコールそれが愚にもつかない劣悪な音楽であると決めつけるのもあまりにも乱暴な話ではなかろうか。
 
そもそも、メジャーなアーティストは経済的成功を手にしたがゆえに音楽の質的向上をも可能にする事も出来るが、そうでないアーティストは自分なり家族が働いて得た金をつぎ込んで音楽活動をしているため本人のやる気や意欲を音楽の質的向上へとダイレクトに結びつける事自体が難しい訳で・・・かと言ってその不遇な環境に甘んじて努力を放棄する事もまた間違いな訳であるが・・・。
 
いずれにせよ、音楽の質的向上が本人の資質や努力以外の要素・・・人気や動員数すなわち売れているか売れてないかと言う経済的な要因にのみ支配されているがゆえに大多数の支持を得やすい題材を扱っているのであればそこには真っ当な競争も存在し得るが、元より少数派向けの題材なり表現行為と言うものはその進歩なり成長を経済と言う名の足枷によって常に制限されているがゆえに、本人のやる気や努力が報われるどころか、そのジャンルなり分野全体の健全な発展さえも阻まれているのが現実なのでありマス。
 
よって私は、この状態を指して「文化が経済の奴隷に成り下がっている」と批判しているのであり、このままでは大多数の支持を得るものすなわち経済的な成功を得る事のみが最優先であり最優良なものであるかの如き価値観が蔓延し、音楽作品なり芸術作品のその本質的な善し悪しを推し量る事よりも、とにかく目先の金を追い求める事のみを至上の価値とする考え方によって、経済的成功や利益とは本来無関係であるべき文化と言うものが完全に屈服させられ絶滅してしまうのではないかとの危惧を抱いているのデス。
 
・・・とまあ、そこまで大げさに言わなくとも、貴方が少数派向けの表現を好むと言うのであれば、その分野がもっと発展する事に対して躊躇する事など何もないし、むしろ大歓迎すべき事柄なのではないでしょうか?
 
そこで私はしつこい程に、それが大多数の支持を得にくいのであれば、それを好む者達がそれを支え、育てていく必要があるのだと繰り返し申している訳なのでありマス。
 
しかるに、ここで問題・・・否、障害となるのが、現在のライヴ・ハウス・シーンの在り方なのデス。
 
私は何も、ノルマ制を廃止しろと言ってる訳でもなければ、ましてや誰にでも無料でライヴ・ハウスに出演させろと言ってる訳では全然ありマセン。
 
むしろ、その逆・・・。
 
ノルマ制の弊害とは、音楽を聴く耳や見る目など一切なくとも、更には音楽など好きでも何でもなくとも、ライヴ出演したい人間さえ確保し毎日のスケジュールを埋めさえすればライヴ・ハウスの経営が成り立ってしまうと言う点にこそあり、それゆえに安定した経営を約束されたライヴハウスはどんどん増え続け、東京都内で一日に行われるライヴの数は10年前に比べ激増し、多少は観客の数も増えたとは言えどもそれが分散するのは目に見えており、本来は観客が支払う入場料なりドリンク代で経営を成り立たせていたはずのライヴ・ハウスが、今では出演者から徴収するノルマ代金で経営を成り立たせているのが現状なのではないだろうか。
 
かくてここでも、よほど人気や動員数のあるバンドでない限り、やはり音楽活動以外の本業にその経済的基盤を置かざるを得ない状況が顕著となり、いずれはそれも破綻するか、あるいは破綻しない程度の範囲内での活動をする事で満足せざるを得なくなる訳なのでありマス。
 
更に、最も重要な問題点となるのは、ライヴ・ハウスへ出演する基準のレベル・ダウン・・・と言うか、そもそもそんなものなど存在せず、金さえ出せば誰でもステージに上がる事が可能となり、誰より優れた能力があるからこそ、あるいは誰よりも努力を重ねたからこそ手にする事が出来るはずであった「舞台の上に立って人前で演奏する」と言う行為に関して絶対に必要な厳しさや覚悟、もしくはその価値と言うものはどんどん失われてしまっているのが現状なのデス。
 
(つづく)

その15
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