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ブログ内更新履歴

2009年11月12日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その18
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=27

2009年11月5日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その17
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=26

2009年10月29日(午後)
<記事追加>
「イベント<東京編>記念Tシャツ発売のお知らせ」
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=25


2009年10月29日(深夜)
<追記訂正>
■<無料配布CD−R収録内容/配布スケジュール>
http://dotheindepend.jugem.jp/?cid=1 
<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その16
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=23

2009年10月19日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その15
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=22

2009年10月17日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その14
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=21

2009年10月14日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その13
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=20

2009年10月9日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その12
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=19

2009年10月8日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その11
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=18

2009年10月7日
<追記訂正>
■<無料配布CD−R参加予定アーティスト様一覧>(ほぼ決定!!)
http://dotheindepend.jugem.jp/?cid=1
<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その10
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=17

2009年10月5日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その9
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=16

2009年10月3日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その8
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=15

2009年10月2日
<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その7
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=14
(訂正:高校生→中学生)

2009年10月1日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その6(少し訂正)
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=13

2009年9月30日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その5
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=12

2009年9月29日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その4
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=11

2009年9月27日<記事追加>
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その3
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=10
(訂正:JR東高円寺駅→地下鉄丸の内線東高円寺駅)

2009年9月22日<記事追加>
■コンピ収録曲目一覧(01〜100)
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=8
■コンピ収録曲目一覧(101〜200)
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=9
■「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その2
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=6

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜プロローグ

このコンピは過去にVUやシド・バレットのトリビュート・コンピCD等をリリースした五嶋氏(BRIDGE BUILD BURN CORPOLATION)責任監修によって制作・販売され、フリー・ライヴ・イベントの<東京編>に関しては、五嶋氏を初め、石戸氏(いぬん堂)、くう汰氏(Kootown Records )、森本氏(Establishment Record)、そして私(エレクトレコード)の計5名によって企画・運営されマス。(京都/大阪/広島編は別。)

ちなみにこの5名は、いずれも自主レーベル主宰者であると言う事で共通しておりマス。よって、共感して頂いてる部分も多々あるとは思いマスが、他の運営スタッフ様方にはそれぞれ異なる思惑や意義があって同イベントに関わっているのであろうと言う点も踏まえ、以下はあくまでも私個人の意見としてお読み下サイませ。

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜プロローグ

犬

いずれまた詳しく記載させて頂きマスが、私がこのイベントをやろうと思い立った理由を簡単に述べマス。

私は、せめて音楽の世界だけでも、「搾取する者と搾取される者が居ると言う様な状況や関係性をなくしたい」・・・のデス。

何故なら、ライヴハウスに限らず、大手レコード会社や音楽事務所もそうでしょうが、本来はアーティストやミュージシャンが居てこそ成り立つ商売であるにも関わらず、実質的にはそれを食い物にしてるに過ぎないのではないか?・・・と思うからでありマス。

私は、それらを本来あるべき真っ当な形態に戻さない限り、これから先も音楽はその持ち得る魅力や可能性を失い続け、「経済の奴隷」になり下がってしまうだろうと言う危惧を抱いているのデス。

よって、このコンピ発売に賛同し、イベントまでやろうと思い立った理由も、そもそもコンピと言うもの自体が「多くの人が参加する事によって多くの人が手にし、耳にする可能性が増える」、すなわち「自分が参加する事によって他の人達の音楽を広める事に役立ち」、またその逆に、「そうする事が結果的に自分の音楽を多くの人に伝える事にも繋がる」と言った具合に、誰かが誰かを搾取をするためのシステムではなく、それぞれの努力が全体を発展させる事に結びつく形態であると思えたからでありマス。

そして今回のイベントにおいては、もちろんライヴハウス様にも主旨を理解して頂き協賛と言う形で大幅な値引きもして頂きマシタが、フリー・ライヴ・イベントゆえに予想される必要経費を運営者である私達が自ら自腹を切って負担する事により、アーティスト様にはライヴ出演ノルマを支払うために日々バイトや仕事を頑張るのではなく「良い曲を作り良い演奏をする事」を、そしてお客様には(コンピを購入して頂きドリンク代こそ負担して頂きマスが)「ライヴ会場へ実際に足を運んで頂く事」を・・・と、それぞれがそれぞれの立場で全うすべき極当たり前の仕事のみをお願いしておりマス。

ただし、すべては「DO THE INDEPENDENCE!!」の名の下に・・・デス。参加したくない人は参加せねば良いし、賛同しない人や価値観の異なる人を非難したり、ましてや無理矢理参加させる事などあってはならないとも考えておりマス。あくまでも「自主性に基づいて、やりたい人がやる」からこそ意義がある訳デスから。

しかるに、願わくばこの様なコンピの発売やイベント開催がきっかけとなって、何よりも音楽を愛し大切にし第一に考える様な、自主レーベル主宰者、イベント企画者、ライヴハウス経営者等が少しでも増える、もしくは一人でも生まれるのならば、それに勝る喜びはありマセン。

それでは皆様、「DO THE INDEPENDENCE」!!

2009年9月6日/文責:Mr.エレクト

(つづきは以下にて)
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=5


「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その1

 え〜、ここをお読みになる方々へ向けて、誤解を防ぐために再度記しておきマスが・・・。私個人が抱く、ライヴ・ハウス・シーンの現状に対するあまりにもな閉塞感から、ちょっとばかし色々とシビアな意見を発し過ぎてはおりマスが、ここに記された同イベントに対しての私の意見は、あくまでも同イベント<東京編>運営者サイドの1/5の意見としてお考え下サイ。 他の運営者の方には、それぞれにイベントに対しての意気込みや意義についての考えをお持ちでしょうから。

しかしながら、企画者一同、少なくとも発売されるコンピのタイトルである「DO THE INDEPENDENCE!!」と言う考え方に賛同していらっしゃると言う事に違いはないものとは思っておりマス。
 
よって上記同様、私としても、基本的にShinobu Goto氏が付けたコンピのタイトル「DO THE INDEPENDENCE!!」に殉ずる形となりマス。

まあ何にせよ、他の運営者様は皆、このコンピやイベントにバンドやソロで参加イタシマスが、私は音楽では参加イタシテおりマセンので、ある意味、この文章が私の曲であり演奏だとでも思って頂ければよろしいのではないかと・・・。

そして更に、私個人としては特に、このコンピ発売なりイベントをきっかけとして自主独立的な発想なり行動を起こす人が一人でも多く増えれば嬉しいなと考えておりマス。理想を言えば、このイベントに出演するなり観客として参加した人がその後、アーティストがノルマ無しで出演出来るライヴハウスの経営を始める・・・等。ただしその様な店を維持して行くためには、他で利益を出す様に努力するか、色々な意味でアーティストの力量(動員、内容、将来性等・・・すなわち資金力以外の魅力)を見抜く目がないと駄目だと思われマス。

また、アーティスト自身も、「ノルマが無い事」を「自腹を切らず人前で演奏が出来る事」と勘違いせず、より良い音楽をクリエイトする事(←音楽以外のアルバイトや仕事に精を出してお金を稼ぐ事ではなく)で、店に還元しなければいけない。何故ならその店は、お金さえ払えばどんなひどい演奏も黙って見逃してくれる様な、「ノルマ制の店」ではないから。

そして観客も、その様な店にこそ足を運んで頂きたいとも思っておりマス。もちろん、ノルマ制の店にも良いアーティストはたくさん出ておりマス。しかし、ノルマ制と言うものが、いかに音楽からクリエイティヴな発想を奪い、表現形態のバリエーションを狭めているのかと言う事に、少しだけでも良いから思いを馳せて欲しいのデス。

極端に言えば、もちろんすべてとは申しマセンが、今や多くのライヴハウスはお客サン的立場の人(=店にお金を支払う側と言う意味で)が人前で演奏する場所になってしまっており、そんな事を繰り返していると「良い演奏をする事によってそれ相応の対価を得る」と言う発想が薄れてしまう(あるいは元からないのかも)。更に大手CDショップの、“売れるものしか置かない”インディーズ・コーナーも同様。そんな事してたら、取り扱いアーティストの種類がメジャー・シーンにおけるヒット・チャートの縮図にしかならなくなる。

 
・・・とは言え、もちろん他所様のスペースをお借りする訳デスから、いくばくかの使用料は必要でしょうし、「動員がなくても良いんだ!!」なんて開き直ると言うのも間違った態度ではありましょう。やるからにはやはり、店も出演者も観客も皆それぞれが楽しくなる様に努力をするのは当然でありましょうし、出演者・・・すなわち人様の前で演奏する立場であれば、動員が少なければいくばくかのペナルティを支払うぐらいの覚悟は必要だとは思いマス。
 
しかしながら私にせよ、お金を払えばお客サンが来なくても許してもらえる事がノルマ制の落とし穴だと気づいたのは、実はつい最近の事なのデス。それまでは、自分が働いて稼いで何とかすれば良い→何とかしなければいけない・・・と、超悪循環に陥っておりマシタ。もちろん動員を増やす努力もそれなりにはしているつもりでおりマシタが、金を稼ぐ事に追われ、それが満足に出来ていなかったのも現実デス。
 
もっと言えば、努力すべき事柄やそのベクトルが知らず知らずのうちにいつの間にか変質し、「ライヴハウスに出演する(させる)事」=「お客サンに入場料を支払って頂く事」を目的とするのではなく、その逆にライヴハウスから場所と時間を買う事・・・すなわち消費者的立場になってしまっていたと言う事なのでありマス。

要するに、「音楽活動」をしているつもりが、その実態は「消費行為」でしかなかったんだ・・・と。

ただし、まあそれらも本来は活動に伴って動員が順調に増えて行けば何の問題もない事なんデスけどね〜。いかんせんライヴハウス(的なもの含め)が多過ぎると言うか、人前に立ちたい人が多過ぎると言うか、そしてそれを可能とする基準が動員数以外には、集金力(音楽活動以外の仕事でお金を稼いでノルマを支払う事)以外に殆どないって事が問題なのだと思いマス。
 
★仕事とバンドを両立させて行く事を目的としている人、趣味や遊び(←悪い意味ではなく)でバンドをやっている人達は別デスよ。どう言った活動方針を選ぶかは、個人の自由デス。私が言及しているのはあくまでも、「音楽を仕事にしたい人達」に関して・・・でありマスので。
 
(つづく)

その2
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=6

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その2

元来、レコード会社とかライヴ・ハウスと言うものは、ミュージシャンに作品を発表する場所や機会を提供する事・・・すなわち、ミュージシャンの活動を支援しサポートする立場であるべき存在ではなかったか?

それが今や、どうであろう?

実質的には、多くのミュージシャンが消費者的立場となり、レコード会社やライヴ・ハウスの経営を成り立たせるための支援やサポートをしてるのが実態ではないか?

故・竹中労氏の言葉に、「経済は文化に奉仕すべきなんですよ。」と言うものがあり、私はその言葉に強い感銘を受けたものであるが・・・。

もちろんレコード会社やライヴ・ハウスも、長きに渡ってミュージシャンを支援しサポートして行くためには、ある程度、その経営が安定してなければ不可能な事は、自主レーベルをやっている私も骨身に沁みて解っているつもりではある。

しかしながら、ミュージシャンを単なる使い捨ての商材・・・否、優良な顧客(経済の奴隷)としてしか扱わぬ音楽関連業種の経営の在り方とは、如何なるものであろうか?

本来、ミュージシャンの為すべき仕事とは、良い曲を作るなり良い演奏をする事・・・すなわち、心血注いで素晴らしく価値のある作品(商品)を作り上げる事である。

そしてそれを支援する立場であるべきレコード会社やライヴ・ハウスは、八百屋や魚屋が自分の目と能力によって選んだ商材を自腹を切って市場から仕入れてくる様に、それぞれのミュージシャンの楽曲や演奏の良し悪しを見極め、自己責任で取り扱う商品を選ぶべきではなかろうか。

CDが売れさえすれば、客さえ入りさえすれば、金(ノルマ代)さえ支払ってくれれば、どんな酷い演奏でもオッケー!!なんて考えてるとすれば、それこそが音楽を経済の奴隷に貶める裏切り行為であろう。

いい加減な食材を仕入れ、不味い料理を出し続ける店は、さっさと潰れるべきなのだ。

現在、CDプレス代も安くなり、手軽なCD−Rメディアの普及、更にはインター・ネットにおける音楽配信も盛んになり、爆発的に売れるアーティスト以外はメジャーなレコード会社(大企業)の力を借りずとも、作品を発表出来る状況となった。

よって、いずれはライヴ・ハウスとまでは行かなくとも、練習スタジオ兼用の生演奏を披露出来るスペースを、ミュージシャン自身が持つ事も当たり前になるかも知れない。

もしも私自身が音楽をやっていたなら、必ずそれを目指したであろう。

ゆえに、レコード会社やライヴ・ハウスが、「是非ともCDを出させて下さい」だとか「是非ともうちの小屋に出演して下さい」と向こうから言ってこない限り、絶対に出演なんかしてやらないのだ。

・・・ただしもちろん、声がかからぬ程度のレベルの音楽しか作れないかも知れない。

だがしかし、(これは私個人の思想であり、あくまでも余談であるが・・・)音楽に限らず、私が考える創造及び表現活動における理想の目標形態とは、楽譜通りの正確さを求めたり多くの人が良しとする価値観に作品を当てはめて行く事ではなく、こころの内面に思い描かれた完成図に向けて、自らが創出し外界に表出する作品の形状を極限まで近づけて行く作業に他ならないのであるから、それはそれで何の問題もないのである。

そもそも、リスナーの顔色やご機嫌を伺いながら、あるいはノルマや動員数なんかを気にして一喜一憂している様な状態では、真に自由な創造活動など出来るはずもないのだ。

(つづく)

その3
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=10


「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その3

 先の記事の続き・・・。
 
実を言うと、私がやっているレーベル(エレクトレコード)では、マリア観音がまだバンド編成だった頃、バンドが自主独立的な活動スペースを持つと言う方法論を、既に実行に移していたのでありマス。
 
本音を言えば、この頃の出来事は私としてもあまり思い出したくはない心境なのデスけどね・・・。
(^^;)
 
あれは10年くらい前の事だったでしょうか・・・。場所は地下鉄丸の内線東高円寺駅から徒歩2分程度の距離にあるマンションの地下フロア。元々そのマンション自体が学生寮だったらしく、地下フロアには喫茶室、運動室、音楽室、バー・スペース等、それぞれの用途に合わせた作りと設備の部屋が数室あり、ハンドベル(←楽器)の会の会長がそこを一括して借りて練習やら公演をしつつ、その合間の空き時間を時間貸しで外部の人にもレンタルしておりマシタ。しかし夜は殆ど誰も使用していない事に私は目をつけ、交渉の末、毎日の深夜の時間を月極めで格安にて借り受ける事に成功したのデシタ。
 
また、ハンドベルの会長が名付けた、そのフリー・レンタル・スペースの「東高円寺文化フォーラム」と言う名前も、文化とは自分で作るものだと常々考えいた私にとって非常に共感するものであったと言う事も付け加えておきましょう。
 
そしてバンド・メンバーのうち数名はそこに連日泊まりこみで個人練習を、そして週に数回はバンドでのリハーサルを行い、更にPA機材を購入して月に1〜2回はそこでバンドのライヴや各メンバーのソロ・ライヴを完全に自主企画で行っておりマシタ。
 
しかし、そのマンションは競売物件だったため、私達がそこを借りてから2〜3年くらい経った頃でしょうか?そのビルの売却先が決まり取り壊す事になったため、バンドは自主独立活動の拠点を失い、再びライヴハウスに出演する事となりマス。
 
そもそも、普通の練習スタジオを毎日4時間以上も借りたら、月間どれだけの費用が必要か?・・・バンドをやってる方ならお解りかと思いマス(←しかも、そんなに練習ばっかしてたら、生活費を稼ぐための仕事やバイトする暇すらなくなるのデスよ)。そこで「東高円寺文化フォーラム」無き後、私達は毎日使える練習場所を確保すべく奔走し、埼玉の山奥にある廃校になった幼稚園を、その辺り一帯の文化活動を仕切ってる方の力添えを得て借り受ける事が出来たのデスが、その直後に肝心のバンド自体が解体してしまったため、その様な自主独立的な発想に基づく活動は、そこでストップせざるを得ませんデシタ。
 
おそらく、金さえ払えばいつでもライヴが出来る環境の下に育った最近の若い人には想像し難いでしょうが、当時(10年前)はライヴハウスの数も今よりも遥かに少なく、出演ノルマ云々以前にテープ審査初めライヴハウスに出演する事だけでさえ困難だった時代デス。更には、今でこそたくさんおりマスが、(内容や質とは無関係に)メジャー・デビューもしてないのに30〜40才過ぎてもバンド活動を続けていられるなんて夢と言うかそれは在り得ないと言った状況認識が当たり前デシタ。だからほら、最近昔のバンドの再結成ブームってあったけど、中には数年振りに楽器を手にした人も居た訳で、何故彼らが一度音楽をやめなければいけなかったのか?って事がそれを如実に物語っている訳デス。今の若い人達は「売れなくても、仕事しながらこのまま一生バンドを続けたい」ってな漠然とした目標も容易に抱けるでしょうけど・・・。
 
当時は、音楽で飯を喰うためにはメジャー・デビューしてどっかの事務所に所属し、しかも人気(動員=売り上げ)がなければ駄目で、そうでなければ少なくともプロとして通用する技術を持たない限り絶対に無理だ・・・と言うのが一般的な常識デシタ。
 
あるいは資産家、もしくはジャガー氏(実業家)みたいな人なら別デスが・・・。

よって、そんな浮ついた人気や流行なんぞに左右されず、そして信念を曲げずに活動を続けるためには、“自分達の場所を持つ事”以外には有り得ない・・・と私は考えていたのデス。

しかも、それにも増してマリア観音と言うバンドは、表層的な人気獲得のためのプロモーション活動は殆どせず、持てるエネルギーのすべてを“音楽の質的向上”のみに注ぐバンドでしたので、既存の練習スタジオを週に何回か借りて仕事と両立出来る程度にバンドのリハーサルを行う程度ではとても時間が足らず、かと言って連日入れば金が続かないゆえ、予算を気にせず日夜リハーサル出来る場所の獲得は絶対必要条件だったのでありマス。
 
実際に当時のライヴを観た方ならお解りかとは思いマスが、そこまでやらなきゃ、あそこまでトゥー・マッチな演奏なんて出来マセンよ。
 
あと、その少し後くらいに発売されたマリア観音/木幡の雑誌インタビューを読んで頂ければ、その時期のバンドの内部事情については、おおよそ理解出来るかと思いマス。
 
ともあれ、先に述べた通り、ロック・バンドが上っ面の人気に頼らずビジネスとして成功するためには、確固たる個性の確立や技術の獲得はもちろんの事ながら、そう言った自主独立的な活動をすべきだとの信念が私にもありマシタし、何も偉そうにこれが正しいとか間違ってるとか言うのではなく、ただ単純にそちらの方が「カッコ良い」と思っていたし、仮にもロックやパンクを好きな人は皆、絶対にその考えに賛同してくれるはずだとさえ思っておりマシタ。・・・いや、マジで。
 
新しいアイデアもなければ独自の思想もなく、ましてや音楽的技術(←私はこれをあまり重視しないが、二番煎じのバンドはこれがないと絶対に駄目)もないバンドが蔓延り音楽活動をし続けられるのは、音楽を愛してもなければ自らの価値観で音楽の良し悪しを選別する能力もないくせにノルマ制によって安定した経営を約束されている金さえ払えばどんなバンドでも出演させる商売第一主義のライヴハウスの乱立に、その一因がありマス。(オーナー自らがライヴ終了後に店内掃除をしている様な店もあれば、オーナーが雇われ店長に経営ノルマを被せて自分はどっかでワイン・グラス傾けてる様な店もあるって事デス。)
 
しかしながら、やはり立地条件や認知度含め、設備や環境の整ったライヴハウスの方が観客を呼びやすいのは事実であり、「東高円寺文化フォーラム」で行っていたライヴの動員は、ソロで5〜10人、バンドで15人〜25人くらいが限界デシタでしょうか。(当時、あんな寂れた場所にわざわざ足を運んで下さった方々、本当にありがとうゴザイマス!!)

・・・とは言え、ワンマン・ライヴに拘って外部のゲストなど殆ど呼ばず活動自体が閉鎖的になってしまったと言う事も、その様な活動方針やその存在意義を世間に知らしめ認知させ得なかった原因のひとつであったとは思いマス。

あとまあ、あの頃はインター・ネットも普及しておらず、ましてやmixiなんてなかったから、バンドと世の中の橋渡しをすべき役割のこの私が人付き合いも苦手な上に、しかも若さゆえの独善的な考えに凝り固まっていたため、自分の意見を世間に向けて広く発信する方法や他人を説得する能力に欠けていたと言う点も、素直に反省すべき点ではありマス。今なら、もう少しは上手くやれたかも知れマセンが・・・。
 
(ただし、エンターテイメントの分野は除外するとして、「作品を生み出す人がその作品を創作している瞬間は絶対に独善的であるべきである。」・・・と言う考えは今でも変わっておりマセン。)
 
それが悪いとは言わないけれど、最近のライヴハウス・シーンは、自分が求める理想の音との出会いや、まだ知らぬ未知なる刺激を求める以前に、“友達付き合い”が優先されてる様な部分が多々ありマスからね・・・。
 
ライヴハウス及びそれに近しい形態の店が増え、どんなバンドでも気軽にライヴをする事が出来る様になった現代。ある意味、音楽が“娯楽の一種”として市民権を得たって事の証明なんでしょうから、それはそれで良い事なのでしょう。
 
★今回は手前味噌な話題が多くて、失礼イタシマシタ。m(_)m
 
(つづく)
 
<追伸>上記の考え方は、基本的に今も変わっておりマセン。この様な私の考えにご賛同下さったビルのオーナーさんで、地下のスペースを無駄に遊ばせてる方がおりマシタら、是非当方までご連絡下サイませ。m(_)m

その4
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=11

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その4

 更に前回の続き・・・

私は再三、ライヴハウスのノルマ制がどうこう言ってはいるけど、それが支払えない程の大金ではない事も確か。4バンド以上出演してバンド・メンバーが3〜4人居れば、それを頭割りしたものを一人一人が支払えば良いのだし。それに、実際いくらか動員もあればその金額だって軽減される訳だしね。

ただやっぱ、これはもちろん自己顕示欲みたいなものでもあるんだけど、真っ当な活動をしている作家もしくは表現者であれば、自分の作品なり表現行為の真価なり存在意義の是非を誤解や紛れのない状態で世に問いたくなるのが性ってもんで、そうなるとワンマン・ライヴをやる(目指す)以外に術はなくなるはずなんだよね。

ところがどっこい、それこそが“地獄の入口”。そこから本当の意味での“茨の道”が始まるって訳。

そりゃまあ、明らかに現在流行してるポピュラーな音楽や、ミーハー受け狙いの出し物演ってんなら話は別だけどさ。

・・・とまあ、それは置いといて。

私の世代でも流石に本当の所はちょっと解りかねるけど、ライヴハウスってのは当初やっぱ、現在主流となってる様な貸しホール的なものではなくて、ただ純粋に、良い音楽を提供する事で人を集め、それによって利益を得る商売だったと思うんだよね。

それで、レコード会社や音楽事務所から、まだホール・クラスでコンサートの出来ないアーティストのブッキングもあったろうけど、店の方から営業して出演者を探したり、あるいは一般からも出演者を募ってたんだと思うのよ。

そうすると、レコード会社なり音楽事務所がバックについてるアーティストは別として、店側から是非出て欲しいってアーティストには客の入りに関係なくギャラさえ出したろうし、一般からの出演希望者であればその音楽なり企画をちゃんと吟味して、それがたくさんのお客サンを動員出来るものなのかって事ももちろんなんだけど、最終的にはやっぱ自分の価値観や店のカラー等に合うかどうか?って事で決定してたと思う訳。

・・・で何が言いたいかと言えば、その店に出演しているアーティストは、その店が自信を持ってお客様にお薦め出来る内容であるはずであり、そうあるべきなんだって事なのよ。

つまり、ある意味ライヴハウスも出演アーティストと同様に、自分の作品や演奏を聴衆に聴かせる事によってその存在価値なり存在意義を問われる立場であるべきな訳。

だから、実際に動員が少なければ次はもっと人を集められる様にするにはどうすれば良いかって事を、出演者だけでなく店の主人や従業員も一緒になって頭をひねったりしてね。

要するに、お客サンが来ないって事は、出演アーティストだけにその責任がある訳ではなく、そんなアーティストを選んで出演させている店にも大いに責任があるって事。

過去にも述べた、「いい加減な食材を仕入れ、不味い料理を出し続ける店は、さっさと潰れるべきなのだ。」ってのはそう言う意味なのよ。

最近は店を壊したり汚したりさえしなけりゃ企画や演目の内容や質も問わないってな店が多くなって、出演者はどんな酷い演奏をしようがどんなに動員が少なかろうがノルマさえ支払えば済む訳で、このノルマ制ってやつを導入したお陰で、ライヴハウスはそれなりの立地できちんとした設備を揃えて、お客サン(←この場合、出演者の事ね)のご機嫌さえ取ってれば経営が成り立つ訳だから、その店固有の確固たる価値観なんぞなくとも音楽の良し悪しなんか解らなくとも、ましてや出演アーティストの将来を憂う必要もないって訳だけど・・・。

しかるに、私が考える理想のライヴハウスの在り方としてまず第一に重要なのは、「アーティストなりミュージシャン、すなわち出演者の存在なくしてライヴハウスの存在も経営も有り得ない」・・・って事。

よって、ライヴハウスは出演アーティストの活動をサポートする事を最大の目的とし、そうする事によって相互に利益を得て共存共栄を図るべきなのだ・・・と。

だってさ、考えても見てよ。バンドやってる人は日々曲作りに悩み苦しみ、練習スタジオでリハーサルに汗を流し、それで頑張ってライヴハウスにも出演し続けたけど、生活が立ち行かなくなったメンバーが実家の仕事を継ぐために脱退したりして、そんなこんなで結局バンド自体も解散してしまって他のメンバーも結局音楽をやめる事になったりして・・・。とまあそれも本人に音楽を続ける覚悟がないせいだと言ってしまえばそれまでだけど、その人に何ら金銭的援助もせずして明日の保障すらない音楽生活を続けさせる事はあまりにも無責任な“夢の押し付け”に過ぎないしね。

私も裏方としてこの世界に関わる以前は、「何で自分の好きなミュージシャンに限ってバンドを解散したり音楽をやめてしまうんだろう・・・」なんて甘っちょろい事考えてたけど、その殆どの理由が「このままバンドやっててもメシが喰える訳じゃないし・・・」ってのが真相みたいよ。

だけど、そんなギリギリの所で頑張ってるアーティストを支援すべき立場であるはずのライヴハウスは?と言えば、また次の夢多き若者を喰い物(・・・って、言葉悪過ぎ!!)にしつつ、ノルマ制によって安定(←こんだけ店が増えりゃ、そうでもなかろうが)した経営を約束されてる訳なのである。

“動員数”と言う価値基準だけでなく、この地球上で存在意義のある本当に素晴らしい音楽をクリエイトしているミュージシャンには、例えそれが私の好みや価値観とは相容れなくとも、ずっと音楽を続けていって欲しい。そして繰り返しになるが、ライヴハウスはそれをサポートする立場であるべきである・・・と言うのが、私の揺るぎない考えでありマス。

それでは次回、あくまでも現実を踏まえた上での、理想的なライヴハウスのあるべき姿を、具体的に語るとしましょう。

(つづく)

その5
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=12


「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その5

ちょっと予定を変更し・・・。

え〜・・・ところで、私は何もライヴハウスが嫌いな訳ではありマセンで、むしろライヴハウス大好き人間なのでありマスゆえ、その点、誤解なき様願いマス。
 
しかし何と言っても、やはり問題なのは、まるでライヴハウスみたいな形状と設備を持った営利オンリー主義の貸しホールの乱立なのでありマシテ、その繁栄を支えているのが、「毎晩の出演者の頭数さえ揃えとけば経営が成り立つ」と言う“パー券(注:パーティー券)のばら撒き”ならぬ“ノルマ制”なのでありマス。
 
(注:パーティー券)政治家が資金集めのために行うパーティーのチケットで、支援者や関係者から券と引き換えに現金を受け取る事が出来るため、手軽に集金しやすいと言うメリットがある。昔は年上の不良が上納金を吸い上げやすくするために後輩に数十枚押し付け、後輩達がそれを同級生等に売りつける事で金をかき集めていた。いずれも、実際にはパーティーに客が足を運ばずとも前金で現金を徴収出来る便利なシステム。
 
今回、下の方に4〜5年前に書いた文章を再掲載してありマスが、その時点でさえ、もう増えないだろうと思ったライヴハウスは今も増え続けている訳で、いやはや驚くばかりと言うか、余程確実に儲かる商売なんでしょうね。
 
私は、結局の所、現在のライヴハウスもどき(=貸しホール)の乱立って、いつぞやのインディーズ・ブームやバンド・ブームと一緒の様な気がするのデス。
 
当初は音楽に対する愛情や情熱のある人達がミュージシャンの活動をサポートするために手作り感覚で始めたライヴハウスだったけど、一旦それが金になると解るや、次から次へと大手資本を初め個人資産家や実業家が参入し、たっぷり金をかけて綺麗でお洒落な店をあちこちにオープンさせる訳でありマス。
 
・・・とは言え、ここまで店の数が増えれば、流石に淘汰されて潰れて行く店も出てくるはずで・・・。
 
しかしながら、危機感や生き残り競争のない業種やジャンルには進歩や発展をもたらす企業努力や切磋琢磨も有り得ないゆえ、それはそれで歓迎すべき事なのでしょうが・・・。
 
だけどもしも・・・もしもデスよ。その時に、本来あるべきミュージシャンの活動をサポートすると言う立場に立ち、出演ノルマの額を少しでも下げるためにオーナー自身が店に出勤して人件費を削るなり、良いバンドに出てもらうため良い企画を打ち出すために頭をひねったり、出来るだけ多くのお客サンに足を運んでもらい楽しんでもらうためにチケット代やドリンク代を下げたりと、日々様々な努力や工夫をして何とか資金をやりくりして経営してる様な素敵な店が潰れてしまい、その反対にどっかの金持ちが更に金を儲けるために作った上辺の見せかけだけは豪華な“ライヴハウスもどき”ばかりが生き残ったりした日には、泣くに泣けないッスよ!!
 
それは本当に、涙が出るほど腹立たしい事ではないでしょうか?

(つづく)

その6
http://dotheindepend.jugem.jp/?eid=13

(おまけ)
■以下は以前に書いた文章を手直しして再掲載■
元々少数派向けの個人ブログで発表したものなので、ちょっとばかし言葉遣いが乱暴デスが、何卒お許しを・・・。m(_)m

私は普段、滅多に怒らない温厚な人間(?)デスが、誰にでも必ず、それも真剣に取り組めば取り組む程、どうしても許せない事って出て来る訳デスよ
。不完全燃焼で燻って生きてりゃ、何の不満も怒りも芽ばえないでしょうけどね。
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「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」〜その6(少し訂正)

 
今にして思えば、自主レーベルをやるよりもリハーサル・スタジオなりライヴハウスを作るべきだったと言うのが、私の偽らざる本音なのでありマス。
 
しかし、それはマリア観音を好きになり、元々やりたかった自主レーベルをやり始め、しかもスタジオ代からライヴの赤字までを自分が負担し、更には給料まで出してバンド(〜解体後はソロ)を支援する活動を長年続けた上で初めて解った事なのデス。
 
あと、当時はCD−Rをプレスして誰でも簡単に作品を発表出来たり、インター・ネット上で音を配信する様な時代が来るなんぞ夢にも思っていなかった時代。まだCDのプレス費用も高額だったし、どこかのレーベルから出してもらう以外には、バンド自身が手作業でダビングしたカセット・テープを手売りするのが関の山だったしね。
 
だから、今から自主レーベルを始めたいと言う人に対して私はいつも、「それよりもライヴハウス(あるいはそれに順ずるもの)をやるべきだ」・・・と勧める様にしているのデス。
 
昔と違って今は、どれだけ頑張って良い内容のCDを作って発売した所で、それが大きな反響を呼ぶなんて事は殆どあり得ない。何せ活動してるバンドの数も多ければ、それに伴ってリリース作品の数も多くなる訳で、しかもリスナーの嗜好も多種多様に細分化されてるゆえ。
 
そうなると、バンド活動の基本と言うのは、やはりライヴ活動及びそれに伴うスタジオ・リハーサルに費やす時間とお金と言う事になり、それを長きに渡ってサポートしたいと本当に思うのであれば、先に述べた通り、やはりリハーサル・スタジオかライヴハウスを作るのが一番なのである。
 
よって私も、以前に述べた通り、自主独立の精神に則って「東高円寺文化フォーラム」を拠点にしてバンドの活動を支援していた訳なのであるが、まだその時はあくまでも自主レーベルとしての活動を主軸としてプレスのCDもリリースしていたし、バンドを全面的にサポートするために日夜コンビニと中古レコード屋をかけもちで経営して稼いだ多額の金を根こそぎ投入しており、目の前の支払いをこなすだけで精一杯だったゆえ、十年後の現在の事なんて考える余裕など一切なかったのだ。
 
それにその頃は、音楽の質的向上を第一義とする正しい活動方法さえ続けていれば、いつしか必ず多くの人が振り向いてくれると考えていたし、まさかここまで長期戦になるとは夢にも思わなかったから、まだまだ借金する事も可能だったその時期を逃してしまったと言う訳なのである。
 
そして今や、借金地獄で首が廻らぬ状態の上に100年に1度の不景気のお陰で、所属アーティストに給料こそ出しているものの、プレスCDの製作はおろか、自主企画ライヴもろくに行えない状況に追い込まれているのでありマシタ・・・。(TT)
 
・・・とは言え、もはや瀕死の状態の私ではあるが、ライヴハウスを作るなり自主企画を行えるスペースを確保すると言う目標を捨てた訳ではない。(出資者及び賛同者様募集中)
 
さてそこで本題。私が考える理想的なライヴハウスの在り方とは如何なるものか?・・・思いつくままにそれを書き連ねてみたい。
 
ただし、これはもちろん、あくまでもライヴハウスはミュージシャンの活動をサポートすべき存在であるとの立場に立っての話でありマス。
 
まず第一に、それとは全く別の仕事で儲けた金をつぎ込む事。まあこれは、多くのバンドマンは当然の如くそうしてる事だし、殆どの自主レーベルのオーナーは当たり前に実行してる事な訳ではありマスが、採算度外視とまでは言わないまでも、レストランと居酒屋とライヴハウスの三軒を経営して、他の黒字でライヴハウスの赤字を補填するみたいな形でも良いだろうしね。

いやもちろん、お客サンをたくさん来させて、そっから利益を出すのが一番真っ当なやり方なんだけどね。だけど、それが出来りゃ元から苦労はしないって訳で・・・。

よって、やはり現実的な形態として、バーなり居酒屋なりと言った飲食店としての営業も並行して行い、基本的な利益はそちらで賄い、ライヴはあくまでもプラスの利益と考えるか、もしくは出演者のギャラに当てる。間違っても出演者から徴収する金で経営しようなどとは思わない事。これだけステージに立ちたい人が多い時代、商売としてはそっちの方が遥かに楽だけど。あと、昼間の空き時間を出演バンドのリハーサル・スタジオ代わりに使わせても良いでしょう。
 
まあ、個人が経営してる様なジャズ喫茶は、たいてい上記のパターンだよね。店主がアパート経営してる資産家って場合もあるだろうけど、基本的にはライヴ演奏は飲食客を集めるために行うみたいな。しかも、そう言う店の店主ってのは一般的な人気や動員に関わらず、あくまでも自分のお眼鏡にかなった人しか出演させないから、大規模な店もそりゃ必要だろうけど、店は狭くともそう言う“コダワリのある硬派な店”がもっとたくさん増えた方が、何もジャズに限らずとも色んな音楽が育って、それらを確実に根付かせるための大きな支えになるよね。
 
更に、これは当然の事ながら、オーナーか社長が自ら店に出て働き人件費を浮かす。そもそもリーダーってのは、その集団の中で一番たくさん働く人がなるべきで、しかもリスクも負うと言う最も割に合わない存在であるべき。それが出来なきゃリーダーの資格なんてないし、第一、リーダーが怠け者の会社やバンドなんて、たいていろくなもんじゃないでしょ?
 
あと、非常にやっかいなのは、規模の大きい店を作ってしまった場合ね。まあこの場合、借りる方もビジネスにならなきゃそこでライヴしようなんて思わない訳だからノー問題なんだけど、ただ一つ、私がいつも主張してるのは、100儲かったら、そのうちの1でも2でも良いから、何かしら利益度外視で世の中に還元する様な事、文化に寄与する事をしても良いじゃないの?・・・と。金がいくらあっても音楽の無い世界なんて耐えられる?(・・・のかしら?)って事。
 
最後にもう一つ、これは余談だけど、何と言うのかね、音楽の世界もしょせん人気商売っちゅうか、それはそれでその時代なり地域の価値観に則してる訳だから否定するつもりもないけど、もっと違う能力っちゅうか、努力の成果ってのがあっても良いと思うのよ。だから、売り上げとか動員とかではなく、例えそれが支持者の少ない小数派であろうとも、もっと色んな種類の才能が認められる様な世の中になれば良いな・・・と、超微力であるにも関わらずそう願っているからこそ、私は何年もこんな事ばかり言い続けてる訳デスよ。
 
まっ、故・竹中労氏が「経済は文化に奉仕すべきなんです。」と言った様に、私は「音楽に恩返しする様な生き方がしたい」ってだけの事なんデスけどね。
 
共感するかしないか、それはあなた次第デス・・・みたいな。(^^;)
 

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その7

え〜・・・ここまで長々と独演会を行って来た訳でありマスが、あくまでも私のモットーとしては、「何もせず文句を言う」でもなければ「文句も言わずやる」でもなく、「文句言いながらやる」デスので、ご容赦下サイませ。よって私も、不平不満を言うだけの口先人間とは思われたくないため、今回初めて色々な裏事情も告白させて頂きマシタ。ライヴハウスで見かける私は「ただの酔っ払い」かも知れマセンが、実は違うのだと言う事でありマス。

私の真の姿は・・・「ただの口うるさい酔っ払い」なのデス。(^^;)
 
・・・と、前置きはこの辺でやめにして。
 
今回のイベントですが、ちなみに大阪/京都編はコンピ製作者の五嶋氏が企画・運営し、東京編の企画・運営は私(エレクトレコード)を含めた5名。五嶋氏(BRIDGE BUILD BURN CORPOLATION)、石戸氏(いぬん堂)、くう汰氏(Kootown Records )、森本氏(Establishment Record)によって行われるのでありマスが、他の4名様は皆、自分で音楽もやりつつ裏方として自主レーベル運営やライヴ企画等もやっておられる方デス。また、私の様な口や育ちの悪い者と違い、ライヴハウスでお会いするこの方々は、どっかの金持ちのおぼっちゃんの様に、実に穏やかで心やさしい人達なのでありマス。
 
・・・しかし、私は知っておりマス。この方達は、日々本業に汗を流して稼いだ金を音楽のために惜しみなくつぎ込み、レーベルを運営したりライヴを開催するために日夜多大な労力を注ぎ込んでいる尊敬すべき人達なのだと言う事を。
 
なおかつ、それらすべては自分の愛する音楽や敬愛するミュージシャンを支援・応援するために、自腹を切るなり貴重な時間を割いて行われているのデス。

要するに、裏方であるこの方達に共通しているのは、「私利私欲のみを追い求める事」以外の生き方が出来ると言う事に尽きるでしょうか。

・・・とは言え、もちろんそれが最終的には自分の楽しみや喜びのためであると言う事も事実ではありマス。しかしこの、「誰もやらないなら自分がやる」と言うインディペンデント(自主独立)精神に溢れ、陽の当たらぬ裏方であるにも関わらず実際に行動するこの人達だからこそ、私は今回行うイベントの企画話を持ちかけたのでありマシタ。
 
ライヴハウス(及びライヴハウスもどき=営利至上主義の貸しホール)に対しああしろこうしろと、自分では何も行動せず文句ばかり言ってる訳では決してないのデス。
 
そもそもアマチュア・ミュージシャンの方々自身が、日々働いて得た金をつぎ込んでライヴ活動をしておりマス。そしてそれを支える裏方の人達も日夜稼いだ金をつぎ込むなり貴重な時間と労力を割いておりマス。(ただし、先にも述べた通り、あくまでもそれは自分の音楽もしくは自分の好きな音楽のためには当然の事な訳ではありマスが・・・。)
 
ミュージシャンに出来て、それを支える裏方の人達にも出来る事が、ミュージシャンをサポートする立場であるべきライヴハウスには、何故出来ないと言うのか?
 
ゆえに、出来るならばライヴハウスも音楽を本当に愛しミュージシャンの活動を積極的に支援しようと努力する人に経営してもらいたいし、その様な方針の店が一軒でも増えれば、この国の音楽シーンも、人気や動員優先ではない、拝金主義以外の価値観がもっと主流になって行くのではないかと私は信じておりマス。
 
そこで今回のイベントですが、(もちろん今回使わせて頂くライヴハウス様にもホール・レンタル費用の減額その他、色々と譲歩・協力して頂いてもおりマスが、)まずは私達が手本を見せマス。・・・と言っても、私達にとってはいつもやってる事を繰り返すだけの話デスが。
 
まず、ライヴに必要な経費はすべて企画・運営者である私達5名がワリカンで支払いマス。出演するミュージシャンの方に出演ノルマを負担させる様な事はイタシマセン。出演者の方々には、ライヴを行うに際しての費用を支払う心配がない代わり、「良い作品を作り良い演奏をする」と言う極当たり前の仕事をして頂くのみでありマス。・・・ただし、ほんのちょっと集客のお手伝いをして頂く事にもなりマスが、それは自分の音楽や演奏を多くの人に聴かせるために必要な事だと思いマスので、何卒ヨロシクお願いイタシマス。
 
また、今回日程の都合等で惜しくも参加出来なかった方もおられマスが、基本的に出演バンドの選出及びイベント全体の企画内容に関しては、私達企画運営者5名が自信を持ってお薦めするものであり、それゆえに当然の如く、観客動員が少なければ自腹を切って赤字額を支払うのは私達であり、イベント自体が楽しくなかったり不測の事故が起きれば、それもすべて私達が責任を負う事となりマス。
 
もっとも、今回は基本的にドリンク代のみで入場出来るフリー・イベントであるため、お客サンが来ようが来まいが、やる前から赤字〜自腹は確定しているんデスけどね。(^^;)
 
まあしかし、だからこそ誰にとっても楽しいイベントにしたいし、少しでも多くの人に足を運んで頂きたいと思いマス。
 
この独り言コーナーでは、私の積年の義憤から、ちょっとばかし(かなり?)怒りのトーンばかりが目についてしまったかも知れマセンが、大丈夫。私以外の企画運営者の方々は、皆穏やかで人当たりの良い、愛情溢れる方ばかりデスから。(^^)
 
そうそう。このイベントをやる意義としては、もっと他にも色々要素はある訳でありマシテ、この際、ついでにそれもお話ししておきましょう。
 
私個人に関しては、やはりこのインディペンデント精神と言うもののルーツとして、地方在住の中学生だった頃に色んな音楽雑誌の記事を読み漁り感銘を受けた“東京ロッカーズ”関連の活動方針やその存在意義からの影響がまず第一にあり、なおかつ権力者に管理されず売り上げにも左右されず自由な発想で表現活動を行えるレコードの自主制作と言う方法論に対しての憧れと言うか愛着と言うものに、間違いなく端を発しておりマス。
 
更には、それに伴うライヴハウスにおける実演行為の鑑賞。あの狭い空間の中で日々新しい出来事が起こり、新しいムーブメントや音楽が生まれるその現場、時代が変化するその瞬間をこの自分の目と耳、こころと肉体で実体験する事によって得られる、他の何とも比べようのない衝撃と快感。そしてその至福の時間と空間を与えてくれるライヴハウスというものが、私は本当に大好きなのデス。
 
よって、自ら行動する事によってのみしか得られない達成感や充実感、ライヴハウスにおける未知な刺激との出会い、そう言った楽しみ方を少しでも多くの方にお伝えしたいし、とっくに忘れてしまったと言われる方にはもう一度思い出して頂きたいのでありマス。
 
いや〜インディペンデント精神で生きるのって楽しい!!(^^)/
 
ライヴハウス大好き〜!!(ライヴハウスもどき=営利至上主義の貸しホールは除く)
 

「イベント企画・運営者(その5分の1)の独り言」その8

まず初めに、前回書いた内容の一部に関して謝罪させて頂きマス。
 
前回(その7)、ミュージシャンに出来て、それを支える裏方の人達にも出来る事が、ミュージシャンをサポートする立場であるべきライヴハウスには、何故出来ないと言うのか?」・・・と発言イタシマシタが、この様な「自分にも出来たんだからお前にも出来るはず」と言う考えは完全に間違っておりマシタ。
 
人ぞれぞれ自己が持ち得る能力も人生の目標も異なる訳でありマスゆえ、これでは単に個人の価値観の押し付けになってしまいマス。偉そうな事をほざいて大変申し訳ありマセンでした。m(_)m
 
そこで・・・。
 
「音楽よりお金が好きな人には絶対に出来マセンので、そう言う人は金輪際、音楽業界に関わらないで下サイませ。
 
・・・と、言い直させて頂きマス。(^^)
 
それでは、お金より音楽の方が好きな人に向けて、お話を続けましょう。
 
・・・と、またその前に、私自身が音楽をやっていない事で色々揶揄される方も居るでしょうが、むしろ音楽をやってない人間の方が、自分の利益や損得に関係なくその世界の仕組みや矛盾に気づく事が出来る場合もあるのではないかと、常々私は考えておりマス。
 
それではまず第一に、私は現在のライヴハウスもどき(=営利至上主義の貸しホール)乱立〜バンド・ブームは、決して音楽と言う文化自体が繁栄しているのではなく、ただ単に経済活動(=搾取のシステム)が繁栄しているのだとしか考えておりマセン。
 
例えば、現時点では音楽活動以外の仕事との両立も順調で仕事先から給料もちゃんともらえて何となく上手く行ってるから危機感をリアルに感じられない状態なのデスが、例えばバンド・メンバーの一人が正社員あるいはバイトをクビになる、もしくは結婚して子供が出来てその養育費が大変でバンド活動どころではなくなる・・・等、世の中の変化や日常生活の変化と言うものは音楽活動に大きな障害をもたらす可能性があり、時にはバンドも解散し、遂には音楽活動から足を洗う・・・と言う様な事も充分起こり得る訳でありマス。
 
また、その様な音楽活動以外の状況変化のみならず、もっと音楽性を向上させたいだとかバンドの演奏を固めるためにスタジオ練習に入る日数をいきなり二倍にしたいなどと思い立ったりなんかすれば、それだけ予算もかかる上に、音楽以外の仕事にも影響が出て来るのは必至デス。
 
あるいは、スタジオ練習などと言うと練習嫌いな方にはちょっとピンと来ないかも知れないので、それならばライヴの回数として考えたら如何でしょう?皆様やはりライヴをやるのはお好きだと思いマスし、音楽性にもよるのでしょうが、人前で演奏すると言う事は数十時間のスタジオ練習にも勝る程の効能がある訳で、そこで月に1〜2度のライヴを3回〜4回〜と増やす、あるいはツアーにでも行く事になったらどうなるでしょう?既にそれなりに動員があるバンドならともかく、すぐに経済的に立ち行かなくなって、そのせいでバンド内もぎくしゃくしたりして、やはりバンド活動に支障を来たす可能性が増しマスよね?
 
いえいえ、現状に満足してる方はそれで良いのデス。今のままのペースで仕事や家庭と両立しながらバンド活動を続けられればそれで良いとおっしゃる方は。
 
しかるに、そうではなく音楽で喰って行きたいとまでは言わなくとも、もっと音楽活動に力を入れようとして一旦バンド活動を活発にすると、遅かれ早かれ音楽的に行き詰まるより前に経済的に行き詰ってしまうのが、現状では関の山なのデス。
 
もちろん、その成長のペースに人気や動員が伴って行けば問題ない話デスよ。それに、そう考えたらゆっくり成長した方が歩調も合うってもんでしょうしね。(←ホントは違うけど、それはまた後日。)
 
だけど、もっと音楽の素晴らしさを味わいたい、音楽を演奏する事でカタルシスを得たい、音楽と一体になりたい・・・などと考えた場合、そんなペースで満足出来るんデスか?生きてるうちに身体が自由に動くうちに、もっともっと素晴らしい作品や演奏を自分の手でクリエイトしたいと思わないんデスか?
 
皆サン、とても音楽好きな方デスよね?となると、本心ではもっと練習したいだとか、もっとライヴをやりたいって気持ちが当然ありマスよね?また、時には仕事なんかやめて音楽だけに打ち込みたいなんて考えたりもしマスよね?
 
でも実際には我慢せざるを得ないのデス。実は自分でも知らず知らずのうちにセーブしてるのデス。こころの奥底で、自分は人気がないんだからこれは仕方ない事なんだとあきらめているのデス。
 
それっておかしくないデスか?音楽が好きでバンドをやってて、本心ではもっとライヴをしたいのに“経済的な問題”が立ちふさがってるがゆえにそれが出来ないなんて?
 
(あれれ?何だか詐欺商法まがいの怪しいWEBサイトの勧誘文みたいになって来たぞ?)
 
そもそも、良いバンドや優れたミュージシャンがもっとライヴをやってもっと良い曲を作りもっと良い演奏をする様になるって事は、ミュージシャン自身のみならずリスナーの立場である私達にとっても望ましい事であるし、音楽と言うジャンルやシーンのみならず我が国の文化の発展に寄与すると言う意味においても歓迎すべき事であるにも関わらず・・・デスよ?
 
そこで私は考えマシタ。いやこれは単なる理想論に過ぎないかも知れないし、誇大妄想の類に属する話かも知れマセン。
 
おっと、申し訳ありマセン。ちょっと長くなりそうなので、この続きはまた次回・・・。(^^)
 

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